ウェグナーの椅子から、暮らしを想う
今日は、帰省中の次男から誘われて ハンス・ウェグナー展へ行ってきました。
自宅でもいくつかの家具を愛用していることもあり、とても気になっていた展示です。
展示では触れたり、実際に座ったりすることはできませんでしたが、だからこそ、佇まいそのものから伝わってくる完成度の高さに、あらためて目を奪われました。
前々から「いつかは手に入れたい」と思い続けているウェグナーの椅子も展示されており、距離を保ちながら眺めるだけでも、その想いはむしろ強くなったように感じます。

「椅子は、人が座ったときに初めて完成する」
この言葉を思い浮かべながら、実際には座れない展示空間で椅子を見るという体験は、少し不思議で、同時にとても示唆的でした。
構造としての合理性、素材の選び方、接合部の美しさ。
人の身体を深く理解したうえで導き出された形であることが、触れずとも、座らずとも、十分に伝わってきます。
建築や家具づくりに携わる立場として、「使われてこそ完成するもの」を、ここまで静かに語れるデザインに、あらためて学びを感じました。
展示の行き帰りの車内では、久しぶりに次男とゆっくり話す時間も取れました。
実務の中でさまざまな経験を積み、少しずつ成長している様子が伝わってきます。
親として、そして同じ“ものづくり”に関わる者として、こうした時間を持てたことに感謝です。
人の暮らしに長く寄り添うものは、主張しすぎず、しかし確かな理由をもって存在している。
ウェグナーの椅子も、住まいも、きっと同じ。
そんなことを静かに考えさせられた一日でした。
それでは、また明日。